電池メンタル社会人日記

映画やライブの感想書きます

カナザワ映画祭の監督たち①(内藤瑛亮、小林勇貴、二宮健)

何かをくくりで見る楽しさはあると思う。例えば日本映画ならATG作品は超面白くハズレなんかない(大雑把だけど)。そんなATGに次ぐ面白い日本映画のくくりが最近登場した。カナザワ映画で受賞した監督たちの映画だ。とにかく強烈で記憶に残る作品が多い。1月26日に国立映画アーカイブで行われた「ライジング・フィルムメイカーズ・プロジェクト」で、カナザワ映画祭の運営の方の挨拶があり「技術が足りなくても突出したものがある作品が受賞する」とおっしゃっていた。突出した才能が炸裂するカナザワ映画祭の若い監督たちはこれからの日本映画をガンガン引っ張っていくと思う。それと同時に、若い世代が頑張っていく中でYouTubeTwitterしか見てない自分のクソさが目立っていくのだけれど・・・

 

内藤瑛亮(2011年に受賞)

見た作品『ミスミソウ』 (18)

いじめられっ子の野崎はいじめっ子へ復讐を果たすのだがそれが全て過激で残酷に行われる。目を潰して目が飛び出し、かかとの上の腱を切られて足がグネッて、指が切断、鼻をペンチで貫通、腹から腸が溢れる。いじめを黙認していた先生は除雪車に巻き込まれ血の雨へ。こうして復讐が完了する中、カタルシスがあるかと言えばそうでもない。確かに最初はスカッとしたけどあまりにも残酷なので引いた視線になる。この映画は単純に「復讐できてよかったね」という話ではなく、そんな単純な映画への問題提起になっている。

映画という尺が限られたメディアの中で観客は描かれた物語の前後を想像するしかない。野崎への壮絶ないじめは描かれたもの以上にあると想像できるが、この映画の中では野崎の残虐な行為の方が長く描かれているので復讐の強さが勝ってしまう。観客にいじめっ子の方がかわいそうと思われるかもしれないし、そう思わせるような描写もある。いじめっ子の女子の家庭には呑んだくれの父親や独り立ちを留める父親が登場する。いじめっ子の男子は田舎で娯楽の無い環境で病んでいる。

この映画は野崎だけの物語にはなっておらず、そこも単純化しない点だ。ヒーローかと思っていた相場は家族を殺すやべー奴で、イジメの主犯格と思われていた妙子(たえこ)はなんと以前は野崎と仲良しだったのだ。野崎宅に放火した流美は妙子が同性愛的に好き(いやらしい目で見ている)で転校してきて妙子と仲良くする野崎に腹を立てていたのだ。ヒーローへの失望、敵が敵じゃないと知ったときのもどかしさ、あまりにも幼稚な犯行理由が続々と判明していき歯がゆい気持ちになる。放火の詳細な描写が後半に描かれる構成もカタルシスを減少させる狙いだと思う。復讐ものだと知り期待した観客へ、とことん排除したカタルシスの物語をくらわせる一歩先の過激な映画だ。

 

小林勇貴(2014 にグランプリ受賞)

見た作品『孤高の遠吠』(15)

クラブで会い知り合いになった先輩と原付を買う約束をした4人の青年の物語。原付を買ったはいいものの、先輩の仲間から「ブンブンうるさいから走るな」と脅され原付は返却することになる。すぐ返却した2人は先輩の舎弟になり、もう2人はどこかへ逃げる。舎弟の1人は夜の公園で絡んできた男を川へ放り投げると、環境保護団体(ヤカラが仕切ってる)に捕まり30万の借金を背負わされる。もう一方の舎弟は原付の借金を払うため原付を盗む仕事をする。そこで盗んだ1台がやべー兄弟の物でその兄弟が窃盗団へ襲ってくる。逃げていた2人も原付が盗まれて、それを奪還して原付で駆け抜けて物語は終わる。

 

この映画ではDQN的コミュニティの繋がりの早さによる怖さが描かれる。電話が無数に繋がっていき主人公達を追い詰めたり、ヤクザのような抗争劇に発展する。クレーンで吊り上げられ口にエアガンを撃ち込まれる拷問シーンや走行中の車から飛び出すシーンなどアクション映画のようでいい。もう一つのテーマとしてはバイクの楽しさが描かれている。公道を逆走して原付で駆け抜ける疾走感 *1や一斉に改造バイクが走り出す迫力など。映画の冒頭と最後にある“どこかの少年が家を抜け出し夜の町で原付を走り出す”くだりでよいものを見た気になる。

 

建物に中学生的な名称のテロップがつくのは石井聰亙の『狂い咲きサンダーロード』のオマージュか?エンディングが福山雅治の曲なのだが歌っているのはカラオケの上手い素人という工夫に笑った。

 

二宮健(2014年に観客賞受賞)

見た作品『チワワちゃん』(19)

ミキから見たチワワちゃんは、イケメンの吉田くんの彼氏で600万盗める度胸がありインスタからモデルになり煮物がうまくていつの間にかAVに出演していた。ずっと天真爛漫で何事もうまくいってる(そう見えてる)天才型の人間だった。「このままの関係がいつまでも続くと思ったときがピークでもう会わないサインなんだよね」と別れていく。

 

カメラの位置や画質、シーンやカットがぐるぐる切り替わることで持たせている。光と色のキラキラ感やEDM系音楽の多様により圧倒される。MV風の画面は映画オタから批判の的になるけど全く理解できない。映画なんて映像表現なんだからMV的な楽しさがあっても全く構わない。

 

今年の1月に公開されたこの映画と同時期に公開された『十二人の死にたい子どもたち』という邦画がある。どちらも若者を取り扱った映画なのに若者の描き方が全然違う。『チワワちゃん』に出てくる若者は薄っぺっらに見えて実は奥深い。『十二人の死にたい子どもたち』は自殺願望があるほど思いつめた若者なのに薄っぺっらいのだ。これは作り手がどれだけ登場人物に愛と熱量を持っているかの違いだと思う。手間も熱量も『チワワちゃん』の圧勝だ!

 

*1:スーパーカーの「STORYWRITER」っぽい曲が流れる